「失敗しそうで怖い」「どうせ無理かも……」。そういうことを子どもが言ったとき、どのように声をかけたらいいんだろう…
「失敗を恐れず挑戦できる子に育てたい」——きっとどんな親御さんも願っていることですよね。でも、具体的に”どう関わればいいのか”って、なかなかわからない。
今回インタビューしたのは、同じ教会に通う大学生2人——るみさんとゆうきさん(どちらも19歳・大学2年生)。2人とも「失敗してもまた立ち上がれる」と話す姿が印象的でした。いったい、どんな育ちがあったのでしょう?大学生になった今だから語れる、幼少期の経験と親の関わりを聞きました。
今回話を聞いた2人
るみさん(19歳・大学2年生)
小学4年生から6年生まで、女子が数人しかいない男女混合のサッカースクールに通い続けた。「辞めたい」と思いながらもくじけなかった経験が、彼女の挑戦観の原点。大学ではダンスとチアを「前例なし」の状況から両立させた行動派。やわらかい物腰の中に、「自分がどうしたいか」を軸にした芯の強さを持つ。
ゆうきさん(19歳・大学2年生)
幼少期から水泳・体操・バレエ・バイオリン・テニスなど10以上の習い事を経験。中学では全国大会レベルのロボット同好会でリーダーを務めた。「挑戦する!と身構えるより、やってみないとわからないからやる」という感覚の持ち主で、失敗をさらっと消化してしまう姿が印象的。てきぱきしているが実は人見知りという、ギャップも。
「男子ばかりのサッカー」と「全国大会のロボット」——2人の挑戦体験
るみさんが最初に「挑戦した!」と感じたのは、小学4年生から6年生まで続けた男女混合のサッカースクールでした。
「女子は4、5人しかいなくて、男子の方が断然うまかったんです。リフティングが全然できなくて、辞めたくなったこともありました。でも……上手くなりたいって気持ちがあったから、くじけなかった」
比べて落ち込む。それでもやめなかった。その原動力は「上手くなりたい」という自分自身の気持ちでした。
ゆうきさんが語ってくれたのは、中学生のころに入ったロボット同好会でのこと。全国大会を目指すレベルの同好会で、なんとリーダーも経験したそうです。
「もともとそんなに興味があったわけじゃなかったんです。でも同じ教会の友達が“今年は色んなことに挑戦したい“と言っていて。それで私も、やりたくないこと以外はやってみようって、スタンスを変えたんです」
その転換のきっかけになった言葉が、教会の牧師先生から聞いた一言でした。
「“自分の人生は自分が責任を持って生きなさい“ という言葉が刺さって。それまでは“やりたいことだけやる“という感じだったんですけど、このままだと中学生活がもったいないと思い始めたんです」
「心の転換そのものが、最初の挑戦だった」とゆうきさんは目を輝かせながら話してくれました。
失敗したとき——2人を支えた「言葉」と「考え方」
るみさんには、忘れられない失敗があります。高校1年生のとき、初めてのテストでクラス最下位になったこと。
「自分なりに頑張ったつもりだったので、すごくショックで……」
そのとき背中を押してくれたのは、お父さんの言葉でした。
「ユニバーサルスタジオをV字回復させた人の動画を見せてくれて。“やらなかった失敗とやった失敗は別なんだ“って言ってくれたんです」
やったからこその失敗は、やらなかった後悔とは違う。
その言葉が、るみさんの「失敗観」をがらりと変えたそうです。
ゆうきさんは、ロボット大会の直前にプログラムのバグが頻発し、チームの雰囲気が最悪になった経験を話してくれました。
「結果は変わらないから、良かったことを探すようにしました。目に見える結果はついてこなかったけど、確かに力はついていると思えたんです」
「やりたいならやりなよ」——挑戦を育てた親の関わり
2人に「挑戦を後押しした親の関わり」を聞くと、共通点がありました。
るみさんの場合:「自分で決める」経験の積み重ね
「お祭りのとき、自分にお金を渡して“自分で使い道を決めなさい“と言ってくれていたんです。服の色を選ぶときも、“自分で決めたらいいよ“って」
親の意見を押しつけるのではなく、小さなことから自分で決めさせる。その積み重ねが、今のるみさんの「自分がどうしたいか」を軸にした挑戦スタンスにつながっていました。
そして受験のときも。まわりの多くの家庭が「確実なところを受けなさい」という中で、るみさんの親御さんはこう言いました。
「“一番行きたいところを第一志望にしたらいい“って。ダンスとチアを両方やりたいって言ったときも、前例がなかったけど、やったらいいよって」
ゆうきさんの場合:「あなたはどう思う?」を問い続けた親
「塾も、文理選択も、周りは親が意見を言うところが多かったけど、私の場合は自分から聞くまで親の意見は言わなかった。やるって決めたらサポートしてくれる感じでした」
もっと印象的だったのは、こんな一場面。
「“スマホが欲しい“って言ったとき、“周りの子がどうかじゃなく、あなたはどう思うの?“って言われたんです。服も、派手な色でも“似合ってるよ“って(笑)。人と違っていい、って思えているから、挑戦のハードルが低くなったと思います」
挑戦を「すごいこと」にしない。選択肢のひとつとして普通に捉えさせてくれた親の関わりが、挑戦できる土台をつくっていたのではないでしょうか。
今の2人への言葉——教会で受け取った”挑戦の言葉”
最後に、今の自分を支えている言葉を聞きました。2人が通う教会では、牧師先生のお話や聖書の言葉が日常的に伝えられています。子どものころから繰り返し聞いてきたそれらの言葉が、挑戦するときの”心の土台”になっているとも話していました。
るみさん:
「“人間は作り方次第だ“という言葉に出会って。ゴミにもなれるし、ダイヤモンドにもなれる。決断と行動次第で変わると思ったら、ダイヤモンドを目指して自分を作りたいって思えた」
「“心をまっすぐにしなさい“という言葉も。失敗したとき、心が委縮しそうなときに、心を伸ばそうって意識するようになりました」
ゆうきさん:
「“私(神)があなたと共にするから、強く大胆でありなさい“という言葉が力になります。挑戦するとき、一人じゃない、応援してくれている人がいると思えたら、頑張れる気がするんです」
「“やったら不可能がない“って言葉も。牧師先生が、上手くできなくても目的を持ってやり続ける姿を見て——最初から上手い人はいないんだって思えた」
「挑戦できる子」に育ったのは、偶然じゃなかった
2人のインタビューを振り返って感じたのは、挑戦する力は、経験よりも日常の中で育まれた“心の在り方“から生まれるということ。
- 失敗したとき、「よくやった」と声をかける
- 「どうしたいの?」と子どもに問い返す
- 前例がなくても「やってみたらいいよ」と背中を押す
どれも、特別なことではないですよね。でも、その積み重ねが「失敗を怖がらない心」を育てていたのではないでしょうか。
インタビュー前には、何か大きな挑戦をした、失敗をした経験が多い、そういう「経験」によって育てられたのかな?と思っていましたが、
そうではなく日常の中でもそのような心を育てていけると思うと、肩の力が抜けました。
皆さんはいかがでしたでしょうか?



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